大和市神社について

大和市(オオワシ)神社

大和市神社の御神体は剥製の大鷲です。

この大鷲は、大正14年(1925)秋、練馬区関町との境にあった一本松に留っているところを、散弾銃で撃たれたといわれています。大鷲は、弾が当たって松から落ちながらも向ってきたため、さらに撃たれて仕留められたそうです。

鷲は、あまりの大きさであったことから、剥製として保存されました。翌15年(1926)には、村中の人々が話し合い、この鷲を御神体とするお社を建ててまつり、大和市神社としました。

地域や近郷の人々は、大和市神社の講をつくり、現在も、毎年11月の酉の日に、井草八幡宮の神主を招いて祭礼が行われ、神社の前で熊手も売られています。

以前は、お社のまわりが空いていたので、祭礼時はさまざまな屋台が出て、芝居や神楽なども行なわれました。とくに、芝居小屋が建つと、どこからこんなに集まったのかと思うほどの人で賑わったそうです。昔は娯楽が少なく、近郷近在の人たちにとっては、とても大きな楽しみだったのでしょう。


大和市神社

おおわしじんじゃ この大鷲は、大正14年(1925)秋、練馬区関町との境にあった一本松に留っているところを、散弾銃で撃たれたといわれています。大鷲は、弾が当たって松から落ちながらも向ってきたため、さらに撃たれて仕留められたそうです。 鷲はあまりの大きさであったことから剥製として保存されました。翌15年(1926)、村中の人々が話し合いこの鷲を御神体とするお社を建てて奉り大和市神社とした。

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